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目指せ21世紀のエジソン

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シリコンバレーとエジソン シリコンバレーとエジソン
エジソンと日本 エジソンと日本
エジソンの最後のメッセージ エジソンの最後のメッセージ
ペーパレス計画及びFターム検索システム ペーパレス計画及びFターム検索システム
全国発明表彰 全国発明表彰

シリコンバレーとエジソン
シリコンバレーとエジソン

 エジソンが生涯を通じて培った発明起業家の精神は、100年を経た今日、アメリカ西海岸のシリコン・バレーで脈々と生きている。
  扱う対象は、時代とともに電灯や蓄音機からLSIやコンピュータに変わり、研究者の交流方式や大学との協力関係などに広がりがみられ、資金の規模も桁違いに大きくなったが独創性をもって挑戦する姿はまったく類似している。
  両者の比較を下表に示す。



エジソンと日本
 エジソンは親日家であった。電球のフィラメントの素材に京都の竹を使った話しは有名だが、それ以外にも、エジソンと日本との関わりは意外にも深かった。
  エジソンの研究所には何人かの日本人青年が働いていた。彼ら発明王の日本理解の手助けをした。また、岩垂邦彦はエジソン・ゼネラル社で働き、後に日本電気(合資会社)を創設した。明治の日本を代表する政治家、財界人、発明家らとの交流も活発であった。
  渋沢栄一、金子堅太郎、尾崎行雄、御木本幸吉、星一、野口英男らがエジソンのもとを訪ね、発明に関することだけではなく、広く国際情勢や日米関係についても意見交換を重ねた。1922年(大正11年)には、エジソン75才の誕生日祝賀会が日本工業倶楽部で盛大に開かれ、渋沢栄一が祝辞を述べた。
  その際、エジソンからは明治天皇に「蝋旋仕掛けの床飾籠鳥」が献上され、2羽の小鳥がゼンマイ仕掛けで美しい声が舌を動かしさえずるので、参加者は舌を巻いて驚いたという。
  1931年10月18日84才でエジソンは亡くなった。エジソンの業績を譛え、その死を悼しむ追悼会が日比谷公会堂で行われた。追悼会長である金子堅太郎子爵が追悼の辞を述べた。
  日本に最初の電信を導入するきっかけを作ったのも若かりし頃の金子であった。エジソンと親交のあった日本人は、金子、渋沢にとどまらず実に多彩であった。
岩垂 邦彦

岩垂 邦彦

アメリカへ渡った岩垂邦彦は、1877年、29歳の時、ニューヨーク市にあるエジソン・ゼネラル社に入社した。入社当時のエジソン・ゼネラル社は、電灯技術開発のために忙しく、彼は一介の見習技術者として、汗と油にまみれて働いた。小柄な日本人岩垂邦彦は「こまねずみ」のように熱心に仕事に取り組み、能率的に働いた。彼の勤勉さと能力は、しだいに人々に高く評価されるようになり、その評価はエジソン社の幹部にまで伝わっていった。この聡明な青年は、いわゆるエジソン的な経営の本質を我が物として、これを日本にもちかえった。後に彼が日本電気(合資会社)を創設した1898年(明治31年)、世間は一斉に彼を、「経済の道に明るい、非凡の経営者」との賞賛し、その事業の前途を祝福した。爾来、岩垂邦彦は、日本で唯一のエジソンパイオニアになったのである。彼のアメリカにおける2年間は、時の利、地の利、人の利を得たもので、実に幸運であったと自ら述べていた。

藤岡 市助

藤岡 市助

我が国において、電灯が照明用として始めて点灯されたのは、明治11年3月25日である。当時、国内において製造供給できるところは一か所もなかった。現、東芝の創立者藤岡市助は白熱電球の必要性を痛感し、いち早く製造開発に着手した。

彼は、すでに優秀な電球をつくることができるアメリカへ渡り、エジソンの発明した白熱電球の製造工程等を詳細に見学することで、大きな収穫を得て帰国した。明治19年、彼は東京電灯会社技師長に就任し、電球製造の本格的研究開発に入った。この時代の電球の製造は、大変な困難を伴い、最先端の技術を要するものであった。しかし、次第に技術の向上と事業の拡大により、二重コイル・フィラメント(新マツダランプ)の製品化に成功し、内面つや消し電球の発明へとつながり、日本の電球の製造において大いなる躍進をとげていった。
エジソン記念碑

エジソン記念碑

エジソン翁の功績を讃えるため、エジソン記念費碑がわが国の電気関係者によって建立されたのは1934年(昭和9年)である。1964年には令嬢スローンさんも訪れた。1984年(昭和59年)にエジソン彰徳会(日本電気協会内)の手で石清水(いわしみず)八幡宮(京都府八幡市)境内に再建され、現在に至っている。毎年10月18日エジソン翁の命日には、同会による碑前祭が行われるが、遠足などで訪れる子供達の賑やかな声にエジソン記念碑はいつも包まれている。


映画制作シュミレーション
映画制作シュミレーション  人間、自然界すべての現象は、われわれの思いもよらぬはるかに大きな未知の知性によって運命づけられている気がしてなりません。
  身の回りの生物や物質の構造を研究すればするほど、これらはあらかじめ計算されて作られているとしか思えなくなりました。私自身も、これらの大きな力によって働かされて、数多くの発明を成し遂げる事ができたにすぎないのです。
  われわれは、この世に存在するものの真のパワーを全くといっていい程、理解していない。われわれが知っているつもりのことでも、本当は1%の1000万分の1も分かっていないのです。私は死ぬまで、仕事を続けるつもりです。
  それが私の今世の役割だからです。それが終われば、速やかに来世に旅立つ心づもりでいます。そして、来世でも、現世で解明できなかった研究を続ける事になると思います。


ペーパレス計画及びFターム検索システム
ペーパレス計画及びFターム検索システムペーパレス計画及びFターム検索システム ペーパーレスシステムの考え方
ペーパーレスシステムは、工業所有権の出願・受付、審査等の業務及び工業所有権情報提供サービスをコンピュータを利用して行うことにより、これらの業務を効率的に行うものである。特許庁は昭和59年度から同システムを構築しており、その目的は、具体的には4つに集約できる。
  1. 工業所有権の審査期間の短縮
  2. 工業所有権情報サービスの拡充
  3. 事務処理の効率化
  4. 国際的な工業所有権情報交換等の協力の推進

ペーパーレスシステムの内容
ペーパーレスシステムは、業務の流れに合わせて、次の3つのシステムに大別できる。

  1. 出願・事務処理システム
  2. 審査システム
  3. 工業所有権情報サービスシステム

日本特許情報機構



全国発明表彰
 全国発明表彰は、皇室の発明奨励に対する特別の思召により毎年御下賜金を拝受し、その御趣旨に沿うため、特に功績顕著な発明者に恩賜発明賞を贈呈し、あわせて優れた発明の完成者、その実施者および発明奨励に関する功労者を表彰するために設けられたものである。

 社団法人発明協会が、発明の奨励、創意の高揚を図り、我が国の科学技術の向上と産業の発展に寄与することを目的として、大正8年(1919年)より行っているものである。

 この表彰は、我が国の研究開発を積極的に刺激し、その拡大を図るものとして各界の注目を集めている。

社団法人発明協会


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